その他

人は何故「調べる」ということができないのか

人と話していてよく思うことの1つが、

「何故調べないのだろう?」ということです。

調べればすぐに答えが出てくることなのに、

「知らないことはどうしようもない」という考えの人がとても多いのです。

何故、「調べる」ということが出来ない人がこんなにも多いのか。

それを考えてみました。

 

ほんの一例なのですが、

先日、ツイッターでこんな話を見ました。

コミケで東京に行くので東京の宿を取った。

しかし、コミケの会場であるビッグサイトは、実は東京の中でも千葉よりの位置にある。

なので、実は千葉で宿を取った方が、近く安く済むことに後になって気づいてしまった。

というものです。

実際は笑い話風の失敗談として語ってあり、

「みんなも気をつけよう!」という注意喚起でした。

 

何故、宿を取る前に、

「コミケはどこで開催されるのか?」」

「開催地から近くて安い宿はどこか?」

ということを調べなかったのでしょうか。

 

この人は何か理由があったのかもしれません。

しかし、単純に「調べる」という発想が無い人も案外たくさんいるのです。

分からないことは調べる

人は「分からない」という事があったら、「調べる」のです。

 

何を当たり前のことを・・・と思うかもしれませんが、

案外「調べる」という発想が無い人は多いのです。

 

今の時代、調べれば大体のことは解決しますし、

調べる方法もたくさんあります。

 

スマホがあれば常時ネットで調べものは出来ますし、もちろんパソコンでも出来ます。

本屋、図書館、などで本を読んで調べるのもいいでしょう。

なによりも身近な人に聞く、というのが一番早いと思います。

 

これだけ調べるという事が容易であるにもかかわらず、

分からない事があっても人に聞いたり調べたりしない人がかなりいるのです。

 

何か分からないことがあれば、

調べた情報の真偽はともかく、まずは自分の知らない新しい情報を手に入れる。

それを元に行動し、成功すれば良し。

失敗すれば別の方法を試すか、調べ直す。

これでほとんどの事は解決できます。

 

情報は与えられるものという考え

多くの人が調べることをしません。

何故か?

情報や知識というものが「与えられるもの」だと思い込んでいるからです。

 

幼少期は親から言葉や知識を学び、

そして学校での受動的な授業や、周りの学友との情報交換。

勝手に聞こえ、目に入るテレビや新聞、週刊誌、電車の広告。

ツイッター、フェイスブック、インスタグラム等で次々と自動で流れてくる情報。

 

これらの度重なる習慣により、

「情報や知識は自分から摂取しようとしなくてもどんどん入ってくる」

と思うようになってしまいます。

下手すると「自分の意志で情報を集めている」という感覚に陥り、

普段から自主的に情報収集をしているつもりになってしまいます。

 

教えてもらってないことは分からないという先入観

親、先生、上司。

どんな世代でも目上の存在がある程度の情報を与えてくれます。

しかし、日本人の特徴なのかもしれませんが、

あまり人に聞くということをしません。

 

「何故分からないことを調べなかったのか?」と問うと、

よく「教えてもらってないからわからない」と答えられます。

 

つまり「誰かが教えてくれる情報以外は知りようが無い」

という先入観で凝り固まってしまっているのです。

 

自主的な情報収集を習慣付ける

人は習慣によって考えや行動の癖が固まっていきます。

なのでどんな習慣を持つかが、その人の思考に繋がるのです。

人の思考において、「情報」の摂取は特に大きな要因になります。

 

今の時代は何もしなくても、沢山のあらゆる情報が入ってきます。

だからこそ、いらない情報の切り捨てと、

必要な情報の積極的摂取が重要になります。

 

プライベートでも、仕事でも、

これができるかできないかで大きな差が生まれます。

 

受動的な情報収集だけでなく、自主的な情報収取をする習慣をつけるのが大事なのです。

 

 

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アニメ業界で得た知識や情報、自分の考えを伝えるためにブログを書いています。 アニメーターやクリエイターに技術の修練より大切なことを伝えたい。